ノブをまわすと

その日観た映画や、演劇をはじめとした舞台公演に、ちょっとした感想でも。

引き波に乗る蜘蛛

日本/公演終了(ソワレ)/劇団飛び道具(大内卓作・演出)


演劇と仕事と家庭に追われる遅筆の劇作家が書き上げた一本の作品とその過程を描く。京都の劇団、初観劇です。
セミプロとして活動する多くの演劇関係者は、もちろん生活者でもある。才能がなくても演劇をしていることで辛うじて自分を保っていた男は、周囲のものごとのすべてが他人事としか感じられず、取り返しのつかない事件を呼び起こしてしまう。他人が己を形成していることを理解できないまま、思うように作品がつくれず、直感的に生きる動物に憧れるだけの男。新人団員の才能に嫉妬する部分は視点がぶれてしまい、蛇足だったかも。

オーシャンズ11

日本/’19年公演(再々演)/宝塚歌劇団宙組小池修一郎作・演出)


最愛のパートナーを奪われそうになった詐欺師がラスベガスのカジノの金庫を狙って仲間を集める。大ヒットを記録したハリウッド映画を宝塚がミュージカル化した作品です。2011年に星組、2013年に花組が上演。
ベガスの蠱惑な世界が女性のみの華やかなショーにマッチ。鮮やかな詐欺よりも男女の恋話をフォーカスし、それはそれで作品に合っていたように思います。ただ、見せ場もメインキャストも多いストーリーのため少々雑駁な印象。個性豊かな11人のチームワークがあまり見えなかったのはスターシステムの弊害でもありました。それでも映画では味わえない揃い踏みの立ち絵のカッコよさは格別です。
主人公に真風涼帆、ヒロインに星風まどか、親友ラスティーは芹香斗亜。

獅子王 SHI-SHI-O

米/’16年公演/松竹(作 戸部和久)


人間界に降り立った獅子の子の成長の物語。アメリカ・ラスベガスのエンターテインメントの殿堂で行われた初の歌舞伎劇場公演です。
宙乗りや早替え、本水など歌舞伎のケレンたっぷりに、現代のデジタルアートも取り入れた盛り沢山な舞台。ストーリーを追うよりも型で魅せる歌舞伎はノンバーバルに近い。場面展開も派手なところしかピックアップしないつくりは、まさにエンターテインメントそのものなんだなと再認識しました。まずは今作のように色物からはじめても、いつかはブロードウェイで歌舞伎がかかる時代が来たらいいなと夢の膨らむ公演でした。
市川染五郎中村歌六ほか。

熱帯樹

日本/’19年公演/世田谷パブリックシアター三島由紀夫作、小川絵梨子演出)


裕福な家庭に渦巻く闇を描く。
4人の親子と1人の伯母の5人芝居による歪んだ愛憎劇はまるでギリシャ悲劇さながら。家族4人のそれぞれの思いは狂気的でいて、普遍的でもある。夫と妻、父と息子、父と娘、母と息子、母と娘、そして兄と妹。豊饒なことばで語られる誰かを想う心の内は、逆に誰もが個人であるということを痛感させる。熱帯樹のごとく鬱蒼と生い茂った心の闇はどんどんと拡大していく。良い意味で後味の悪い作品でした。
林遣都岡本玲、栗田桃子、鶴見辰吾中嶋朋子

グエムル 漢江の怪物

グエムル-漢江の怪物- スタンダード・エディション [DVD]
韓国/’06年製作/ポン・ジュノ監督


突然変異した怪物に娘をさらわれた家族が奪還に挑む。
外国語映画初のアカデミー作品賞という快挙を成し遂げたポン・ジュノの名前を知ったのは当時この映画がキネ旬3位だったから。観る機会はついぞ得ずやっとの鑑賞。つまり韓国版ゴジラだったりパトレイバーⅢだったり。ただ、民主化をその手で勝ち取った韓国だからこその描写が、B級作品を社会派ドラマにしつらえているのでしょう。不思議な構成だし、消化しきれない濃厚さながら、最後まで引き込まれてしまったは確かです。
このしんどさは主演がソン・ガンホで中和されて良かったと思う。

夜明け告げるルーのうた

夜明け告げるルーのうた
日本/’17年製作/湯浅政明監督


人魚伝説のあるまちにあらわれた人魚と、少年たちの交流を描く。
心を閉ざした少年は音に興味を持ちつつも、気持ちを伝える音楽に対しては距離をおく。そんな彼の音に引き寄せられた人魚の少女。町興しの目玉として、漁業の敵として、大切な人を奪った相手として、人魚に対するまちじゅうの思惑が入り乱れるなか、斉藤和義の楽曲「歌うたいのバラッド」がすべてを洗い流す。理由もわからず途中から号泣して観ていました。まっすぐな物語を全身全霊で受け止めたので、ぐっすり眠れそうです。
湯浅監督独特の描写のキャラクターたち。

ラストレター

日本/'20年製作/岩井俊二監督


姉になりすましかつての初恋の相手に手紙をしたためる妹と、姉を一途に想い続ける小説家の物語。
登場する人々は子供も成人も老人もみんな、純真無垢な少年少女のよう。彼らはネット社会の現代にあえて手紙を書く。綴られたことばはアナログではあるけれど、ウェブ以上に時空を越えていくのです。ただ、手紙よりも写真の方が訴えるものが強かったのは残念。ストーリーもありきたりな感じがしますが、出世作『Love Letter』を覆っていたファンタジーさはなりをひそめ、25年経った現実的な悲しみと喜びがそこにある。
松たか子福山雅治よりも、広瀬すずの魅力全開。