ノブをまわすと

その日観た映画や、演劇をはじめとした舞台公演に、ちょっとした感想でも。

ドライヴ

ドライヴ(字幕版)
米/’11年製作/ニコラス・ウィンディング・レフン監督


運転技術に秀でた男が恋に落ちた女性を助けるため命をかける。カンヌ映画祭で監督賞を受賞した作品です。
表稼業は自動車修理工とカースタント、裏ではどんな危険な状況でも指定地点まで車を走らせる逃がし屋として生きる冴えない寡黙な男は亭主と子供を持つ隣人の女に惚れてしまう。日常の楽しさを教えてくれた女、働く場所をくれた工場長。そんな温もりを裏社会の抗争でことごとく壊された怒りから、映画は一気にバイオレンス色を帯びる。きつめの色味と乾いた空気が画面のかっこよさを際立たせ、痺れ薬のように身体を蝕む作品でした。
二面性をもつ主人公をライアン・ゴズリング。ヒロインにキャリー・マリガン

バルカン超特急

バルカン超特急(字幕版)
英/’38年製作/アルフレド・ヒッチコック監督


走行する列車の中で失踪した女性をめぐり企てれた陰謀を暴く。イギリス時代のヒッチコック作品です。
直前まで親しく話をしていた人間が忽然と消えてしまう。同じ客室に居たはずの人々も知らないと言う。自分の気が狂ったのではないかという恐怖から、少しずつほころびを見つけ出していくのはミステリー小説の読了感さながら。ただ、車内の謎解きから一転銃撃戦になるのはあまりしっくりこなかったです。エンターテインメント性を高めるためなんでしょうけど、なんとなく蛇足気味。
マーガレット・ロックウッド、マイケル・レッドグレーヴ。消えた老婦人にメイ・ウィッティ。

パラサイト 半地下の家族

韓/’19年製作/ポン・ジュノ監督


貧民街に暮らす家族が裕福な家庭に寄生していく。外国語映画初のアカデミー作品賞に輝いた記念碑的作品です。
貧富の差を軽妙に、そして会心の一撃をもって描いた作品。韓国だけではない社会問題であることが世界的評価につながったのでしょう。恵まれた生活にとってかわろうという気概はなく、ただしがみつくだけというのが現実的。問題はお金でも生活の質でもなく、沁みついた臭いである。洗っても消えず宿主の汁をすすることを選ぶ。最後、青年が未来を描こうとする安直なハッピーエンドと、それを許さなそうな映像がニクい。
軽重自在に演じ分けるソン・ガンホ。息子がチェ・ウシク、娘にパク・ソダム。

引き波に乗る蜘蛛

日本/公演終了(ソワレ)/劇団飛び道具(大内卓作・演出)


演劇と仕事と家庭に追われる遅筆の劇作家が書き上げた一本の作品とその過程を描く。京都の劇団、初観劇です。
セミプロとして活動する多くの演劇関係者は、もちろん生活者でもある。才能がなくても演劇をしていることで辛うじて自分を保っていた男は、周囲のものごとのすべてが他人事としか感じられず、取り返しのつかない事件を呼び起こしてしまう。他人が己を形成していることを理解できないまま、思うように作品がつくれず、直感的に生きる動物に憧れるだけの男。新人団員の才能に嫉妬する部分は視点がぶれてしまい、蛇足だったかも。

オーシャンズ11

日本/’19年公演(再々演)/宝塚歌劇団宙組小池修一郎作・演出)


最愛のパートナーを奪われそうになった詐欺師がラスベガスのカジノの金庫を狙って仲間を集める。大ヒットを記録したハリウッド映画を宝塚がミュージカル化した作品です。2011年に星組、2013年に花組が上演。
ベガスの蠱惑な世界が女性のみの華やかなショーにマッチ。鮮やかな詐欺よりも男女の恋話をフォーカスし、それはそれで作品に合っていたように思います。ただ、見せ場もメインキャストも多いストーリーのため少々雑駁な印象。個性豊かな11人のチームワークがあまり見えなかったのはスターシステムの弊害でもありました。それでも映画では味わえない揃い踏みの立ち絵のカッコよさは格別です。
主人公に真風涼帆、ヒロインに星風まどか、親友ラスティーは芹香斗亜。

獅子王 SHI-SHI-O

米/’16年公演/松竹(作 戸部和久)


人間界に降り立った獅子の子の成長の物語。アメリカ・ラスベガスのエンターテインメントの殿堂で行われた初の歌舞伎劇場公演です。
宙乗りや早替え、本水など歌舞伎のケレンたっぷりに、現代のデジタルアートも取り入れた盛り沢山な舞台。ストーリーを追うよりも型で魅せる歌舞伎はノンバーバルに近い。場面展開も派手なところしかピックアップしないつくりは、まさにエンターテインメントそのものなんだなと再認識しました。まずは今作のように色物からはじめても、いつかはブロードウェイで歌舞伎がかかる時代が来たらいいなと夢の膨らむ公演でした。
市川染五郎中村歌六ほか。

熱帯樹

日本/’19年公演/世田谷パブリックシアター三島由紀夫作、小川絵梨子演出)


裕福な家庭に渦巻く闇を描く。
4人の親子と1人の伯母の5人芝居による歪んだ愛憎劇はまるでギリシャ悲劇さながら。家族4人のそれぞれの思いは狂気的でいて、普遍的でもある。夫と妻、父と息子、父と娘、母と息子、母と娘、そして兄と妹。豊饒なことばで語られる誰かを想う心の内は、逆に誰もが個人であるということを痛感させる。熱帯樹のごとく鬱蒼と生い茂った心の闇はどんどんと拡大していく。良い意味で後味の悪い作品でした。
林遣都岡本玲、栗田桃子、鶴見辰吾中嶋朋子